ペンハリマブログ

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夢をあきらめない

2010.02.16日

受験生にとって今が受験シーズン真っ最中である。
つい最近の話をしよう。埼玉県在住の川口瑠美子ちゃんは中学3年生の女の子。小さい頃から毎年11月に近くの航空自衛隊(入間基地)で行われる航空ショーでのブルーインパルスによる曲技飛行を見るたびに「自分もいつかはあのように大空を飛んでみたいなあ・・・」と夢に描いていた。
そして中学生になってもその夢は消えるどころか実現への道を諦めることはなかった。
中学を卒業してからの進路についても当然のように大空へ進路を選択しようとした。


いろいろな情報を集めていると石川県輪島市(能登半島)に「日本航空高等学校石川」という高校があり、夢の実現に向けていけることを知った。そこで資料を取り寄せ調べるとともに、両親に自分の夢の後押しをお願いした。当初母は反対だった。しかし瑠美子ちゃんは熱意で説得、受験することを両親も賛成した。


先月17日の入学試験に臨むべくその前日の夜、母と二人で埼玉を出て新幹線で新潟へ、そして富山、石川(輪島市)へと夜行列車を乗り継いで同校へ向かっていた。ところが新潟県長岡市まで行ったところで大雪による列車の運休で足止めを余儀なくされてしまった。それはもう入試日に入った午前0時過ぎだった。

母と子二人は入試に間に合わないと判断し、JRを降りて石川県に向けて大雪の中のヒッチハイクを決意。通りかかったトラックに上越市(直江津)まで送ってもらったが、さらにそれから約2時間半、傘を振りながら歩き、同市のガソリンスタンドに立ち寄った車に同乗を頼んでまわった。


真夜中、寒風、大雪の中数台に断られながらも必死に石川方面に向かう車を探すうちに山形県内の運送会社のトラック運転手が「金沢市までなら・・」という約束で承知してくれた。その時は午前4時半。ところがその運転手は金沢市に近づくと「よし!、輪島まで行っちゃる」と言ってハンドルを能登半島の方向、つまり右に切っていた。輪島市まではまだ約100q。入試の開始時刻は9時10分。夜通しで走った車は、その10分前に学校へ到着しギリギリであったが善意のリレーで入試開始に間にあった。


事前の携帯電話で欠席かもと踏んでいた日本航空高校石川の先生が驚いて出迎えると、トラックのドライバーは「うちの娘も今年受験しますからその気持ちはよく分かります」と控えめに語り、名前や行き先を告げずに立ち去った。その後メデイアが運転手を捜し当てたが「そんな大層なことをしたわけではないので、取材は勘弁してください」とのことだった。


作文試験に臨んだ瑠美子ちゃんは出題されたテーマを見て目を丸くした。その小論文の題は「私の感動したこと」だった。
瑠美子ちゃんは迷うことなく直前まで起こった「感動」をありのまま書き綴った。
深夜に見ず知らずの親子を運んだ運転手の心の温かさ、そして「絶対にあきらめない」と懸命に車を探してくれた母を通して「人の優しさに感動した」とえんぴつを走らせた。
「このような形で人の優しさに触れることができ感動、感謝、ほかにも色々感じることができ良かったと思います」と作文を結んだ。


日本航空高校石川では、「運転手の善意に感謝でいっぱい。簡単にあきらめない母と子も立派だった」と全校集会でこの話を紹介し、夢の実現へ努力する生徒たちの胸を打ったと言う。
「とりあえず、どこかの高校に入れば・・・」とか「みんなが高校へ進学するから・・」という理由で多くの中三生が自分の進路を決めようとしているとき、しっかりした自分の将来の夢を持ち、その夢の実現に向けて「夢をあきらめない」瑠美子ちゃん親子の行動には大きく胸を打つ。


 1月21日に合格通知が届けられたのは言うまでもない。高校はこんな生徒が一番欲しいからだ。
私は日本航空高校石川を一昨年秋訪問したが、能登空港に隣接するという絶好の環境に恵まれ、パイロット、整備士など航空技術を養う高校だ。一人ひとりの生徒が自分の夢の実現に真剣にがんばっている姿を目の当たりにしたものとしてこの話が1月27日に(TBSで)放映され、それを視聴して胸を熱くした。


普通だったら(私だったら)大雪の中で、しかも深夜に何100qも先の高校受験を考えたとき「あきらめる」という選択をすると思う。私の知人もこの放送を視ていて「思わず涙が出たワ」と言っていた。
この高校は全寮制と聞いた。瑠美子ちゃんの入学後の前途には多くの困難も待ち受けていると思うが、自分で選んだ道だ。ご両親と高校の先生の暖かい支えによって、夢の実現に向かってどんな困難にも負けずがんばってくれることを確信する。


「どこでもいいからこの子の成績に合った高校に行かせてください」とか「無理でも○○高校へぜひとも・・」と言うこのごろの親御さんにこの話を聞かせてあげたい。
この話から「先ず夢を持つことの大切さ」「がんばれば、あきらめなければ夢は必ず実現すること」を改めて実感した。

「サブプライムローン」「リーマンショック」「政権交代」「日航問題」「就職氷河期」「財政問題」・・・政治的・経済的・社会的な激変・動乱の時代だからこそ、学問としての「歴史」と「科学」に立脚し、一人ひとりがしっかりと真剣に勉強をして、自らの行く末を見定めなければならない。「夢の実現」「志の実現」「自分のために」「人のために」「郷土のために」「社会のため」にもしっかりと地に足をつけて自立精神をもって進めることが求められる時代ではないだろうか。

凶悪な犯罪など毎日起っていて、悪いニュースや暗いニュースばかりが流れる今日このごろだが、こんな話を聞くと「まだこの国も捨てたものではない・・・」「すばらしい感動の話だ・・」と思った人も多かったのではないだろうか。

参考資料:北国新聞(金沢市) 平成22年1月22日夕刊、23日朝刊
テレビ、TBS(ひるおび)(全国放送) 平成22年1月27日放映

平成22年2月16日
  岡村ゼミナール教育顧問 大 西 豊 司

とりあえず……

2010.02.10日

 レストランなどで注文を取りに来た人に「とりあえずビールを…」と言う光景をよく見かける。そんなとき店の方は「ビールはキリンですか?それともアサヒですか?」とも聞く。
 子どもが中学3年生になって義務教育が終わるようになると、高校へ進学するか、就職するかの道を選択することになるが、高校進学率が97.14%になった今日、「みんなが行くから、とりあえず高校へ…」ということになってはいないだろうか。

 
 公立高校の受検志望校を決める時期だが「とりあえずどこかの高校へ」などという決め方をしてはならない。両親は「高校へ行かせたい…」子どもは「別に行きたいことはないが、みんなが行くから、とりあえず…」というこであれば高校へ入ってからは目的がなく、折角進学しても、それからどうするのか・・という考えなしでまじめに勉強もしないし、高校を中途退学する生徒も多い。


 両親は「進学してほしい、勉強してほしい… 」子どもは「どこかへ行かなければならないので…」こんな考えで高校に進んでも決して結果は好ましいものにはならない。
高校や大学へ進学したりする理由がしっかりしていないまま、まして「何を学びにその高校を選んだのか」まして「なぜ勉強をするのか」ということをしっかり把握しないで進学するので、小学校や中学校、高校で勉強する目的が「進学するため」「いい学校へ進学するため…」ということになりかねない。

 
 私は子どもの学校教育の目的は決して有名ないい高校やいい大学に行くためではなく、子どもが「自分探しの道を探ること」だと思っている。以前に私は「自分は自分をほんとうの自分にしあげていく責任者」という言葉を述べたが、子どもが将来どんな人間になって社会に貢献するのかを考えることが一番大事なことだと思う。そのためには受験勉強だけが勉強ではないのはもちろん、高校を併願受験するとしても、はじめに受験した併願高校(私立高校が多い)には行きたくないが、不合格になった時のために仮に合格を手に入れておくということではいけない。


 そんな行きたくない高校は受験する必要はない。第一志望校とか第二志望校というようにランクをつけているから第一志望校がダメな時のショックは大変なものになるのである。例えば結果的に第二志望校へ行くことになったとしても、併願するときには二高校をどちらも第一志望校との思いがなければいけない。複数志願選抜制度が導入された今日、複数の高校、どちらに入っても進学の目的さえしっかりしておればその生徒は最高に幸せな高校生活を送ることができるだろう。


 このような考えができる子どもは親の考えがその根底になる。世間や人がどんなに思うか、そんなことにこだわることは必要ない。自信と将来への目標を子どもに持たせたい。
「先生、姫路工業高校に行かせたいのですが、行けるでしょうか?」私「姫路工業の何科をご希望ですか?」「何科でもいいんです、入れるところでいいのです」このやりとりはこの時期よく見られる光景だが、もってのほかの話である。


 「太陽は夜が明けるのを待って昇るのではない、太陽が昇るから夜が明けるのだ。」
先ず子どもの心が出来てから、結果がついてくるのである。
「川は岸のために流れているのではない、川のために岸が作られているのである。」


 先日沖縄に旅して来た。4日間ほどのかけ足の旅だったが、その2日目の夜に「沖縄コンベンションホール」というところで「杜の賑わい」という題で約2時間沖縄の伝統民族芸能を堪能した。沖縄は黒潮に乗って中国や東南アジアからの文化が入り、今から400年くらい前には江戸から本土の文化が入りこれらが融合して見事な芸能が発達したと聞いた。小学生から大人まで約500人が出演して迫力のある演技を見せてくれた。ホールを出ると出演者全員が道の両脇に並び私たちを見送ってくれたがその瞳がキラキラと輝いていたに驚いた。実に美しかった。


 「やらされている」のではなく「自分の思いで」やっていることの誇りだと思った。
沖縄出身のハイレベルで有名な芸能人が次々と出ることのバックグランドが見えた思いがした。沖縄は東シナ海の中に浮かんだほんとうに小さな島だが本土にはないバイタリテイ、エネルギーを感じた。台風銀座と言われるような過酷な風土、山の幸や食べ物もあまり良くない島だ。海に囲まれているがその海はサンゴ礁の海であまり豊かな海ではなさそうだった。そんな悪環境であるからこそ「ハングリー精神」が育ったのではないだろうか。
 

 沖縄の島々に比べ、播磨地方など瀬戸内地方は災害も少ないし、過酷な環境ではない。
そのような境遇が人々を「のんびり感」の人間に育成しているのでは…とも思った。

 この通信がご家庭に届く頃には私立高校の合否も決まっているはず、そして公立高校受検校を模索中だと思う。いずれにしても受験する高校みんなが「第一志望校」との思い取り組んでほしい。きっと幸せな日(高校生活)が来ることだろう。


 「幸は外にはあらず、我が心にあり」あまりにも有名な言葉を贈り締めくくりたい。

平成22年2月2日
岡村ゼミナール教育顧問 大 西 豊 司

ドン底の商店街からの復活

2010.02.01日

 8年前の商店街、それはもう散々なものだった。人の足は遠のき、シャッターを下ろした空き店舗が激増したひなびた商店街で、閉鎖は時間の問題だった。ところがどうだろう。今では、年間30万人もの人が押し寄せる商店街へと見事変身した。
 

 大阪福島聖天通商店街がそれだ。近くに大型店が進出し、客を奪われ、危機感を感じた商店主が集まり、善後策を練った。何か策はないか。喧々諤々の議論の末、若い商店主から、若い人を集めるのなら、“占い”の商店街にしてみたらどうかという提案があった。しかし、商品を売る商店街が売らない(占い)とは何事か。ベテラン店主は猛反対した。でもこれといった代替案はなく、結局折れざるを得なかった。
 

 今、アーケードの入り口には「売れても占い」商店街という看板が掲げられている。「占い」を戦略商品として聖天通商店街は蘇った。週末には30人もの占い師が商店街を占拠し、それを目当てに若者が集まり、活況を呈している。
  商店街のイベントも工夫され、面白い。「あなたもなにわの商人になれる」と銘打って、修学旅行生さえも取り込もうとしている。


@あきんどの心意気講話     
     生き方の大事さ、お金の大切さなどを商店主が輪番で講話する。
Aあきんど体験
     各店でレクチャーを受け、商品の販売にあたる、「でっちどん体験」。
     若手落語家が、でっちどん体験している人を激励。
B占い‘大楽’(だいがく)体験入学
     観相学(手相・人相)のABCを学習
  
 各店舗も工夫を凝らしている。例えば、ある居酒屋では、お客さんに割り箸のくじを引いてもらい、阪神タイガーズの大阪らしく、『虎カラー』の黄色を引き当てると、生ビール1杯サービス、『真弓くじ』を引くと2杯がサービスされる。
 
 メガネ屋さんは、「おみくじ引いて幸運メガネ」引いたくじによってフレームは30%〜20%引、 レンズ50%〜40%引などとなる。また、洋服屋さんの、占いの先生のお墨付き「開運ネクタイ」は好評。2000円払うと、ご縁(5円)も付いてくる、値段は1995円と手ごろ。大阪人らしいシャレの聞いたサービスだ。
 
 この商店街の復活の秘策は、ズバリ『人間力』にある。つまり、ものを売るのでなく『人間力』を売っている。激安などの低価格では大型店にとうていかなわない。だからサービスを売りものにする。

 
 お客さんには、“楽しく買い物をしてもらう”そのためには、対面接客や客とのコミュニケーションを何より大切にしている。売り上げは後の結果、まずはお客さんに尽くす。そうすれば固定客は囲い込める。こうした熱意と工夫により、大阪福島聖天通商店街は固有の文化を作り上げた。
  

 世の中は今、100年に一度と言われる金融不況。しかし、私たちは不況のせいにしてネガテイブに生きるのでなく、時代の流れに対応したアイデアと熱意が必要だ。大阪福島聖天通商店街からそんなことを学んだ。

個別指導のEXCEED塾長   細井俊彦