ペンハリマブログ

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学校現場と裁判

2009.05.12日

 2002年(平成14年)熊本県本渡(ほんど)市(現天草市)で起こったできごと。同市立小学校2年の男児(当時8歳)とその担任教師の話である。

 
 02年11月26日の休み時間少年は、しゃがんで別の児童をなだめていた教師におおいかぶさるなどし、通りかかった女子児童を蹴るという悪ふざけをした。教師が注意し、職員室に向かおうとしたところ、少年は教師の尻を2回蹴って逃げた。教師が捕まえて、胸元を右手でつかみ、壁に押し当て大声で「もう、すんなよ」と叱った。

 
 その教師の行為に対し、この児童の両親がこの教師から体罰を受けて「心的外傷ストレス障害」(PTSD)を発症したとして、市に約350万円の賠償を求めた。

 
 一審の熊本地裁の判決は「個人的な腹立たしい感情をぶつけたもので教育的指導の範囲を逸脱し、体罰に当たる」と判断し、また、少年側が主張していたPTSDの因果関係も認め、天草市に約65万円の賠償を命じた。

 
 二審の福岡高裁判決も「少年が受けた恐怖は相当で、胸元をつかむ必要もなく、体罰」と指摘。PTSDになったのは認めなかったが、精神的苦痛への慰謝料などとして約21万円の支払いを命じた。

 
 もうすぐ日本中で一般の人が参加する「裁判員制度」がスタートするが、読者のみなさんがもしこのような裁判に参加された場合どのような判決を支持するだろうか。

 
 上告審で市側は「必要に応じて生徒に一定限度内で有形力(目に見える物理的な力)を行使することが許されなければ、教育は硬直化する」と主張。原告側は「肩に手を置き向き合って説諭するなど他に適切な行為を取ることができた」と反論。

 
 教育基本法11条では「教育上必要があると認める時は懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない」と規定している。

 
 どこまでが懲戒で、どこからが体罰なのか大変難しいところである。

 
 「殴る、蹴る、長時間直立させるなど、肉体的苦痛を与える懲戒は体罰」と明示する一方「体罰に当たるかどうかは児童生徒や保護者の主観ではなく、行為が行われた場所的、時間的環境、態様等の諸条件を客観的に考慮して判断される」となるとまったくややこしくなる。

 
 先月28日の最高裁第3小法廷の近藤崇晴裁判長は教員の行為を体罰と認めた1,2審の判決を破棄し、原告側の請求を棄却する逆転判決を言い渡した。
 「許される教育的指導の範囲を逸脱するものではなく、体罰に当たらない」と。
 「悪ふざけしないよう指導するもので、罰として肉体的苦痛を与えるものではない」と目的の妥当性を指摘。さらに「時間にして数秒のできごとだったことも踏まえてやや妥当性を欠くが違法とは言えない」と結論付けた。5人の裁判官全員一致の判決だ。

 
 授業中に騒いだ児童を廊下に立たせるといった指導は体罰や人権侵害だと批判され、授業中にメールをしていた生徒から携帯電話を取りあげただけで保護者から抗議を受けるという時代。こうした状況から「モンスターペアレント」という言葉すら生まれた。

 
 文部科学省は平成19年2月に体罰基準を見直し、「肉体的苦痛を与えるものでない限り放課後の居残り指導や授業中の教室内での起立命令を体罰としない」と県教委に通知した。 この度のできごとには二つの意味があるように思う。

 一つ目、今の子どもは家庭で親に、または地域の人に叱られることが少なくなったこと。

 
 昔から怖いものと言えば「地震」「雷」「火事」「親父」と言ったものだが、今はその中でも「親父」はものわかりがよく、めったに怒らない優しさだけを見せている状態だ。

 
 体罰とまでいかなくても大きな声で怒鳴られるということを経験していない今の子どもにとって「叱られる」ということは本当に精神的に弱いのかも知れない。

 二つ目、今の子どもは学校内で何をしても許され、我が世の春を謳歌してるのが現状だ。

 
 何か言うと「教育委員会に言うぞ・・」とまで言って教師を脅す。「来年の担任は○○先生にして・・」など言ってくる親が実際多くいることをある校長は語っていた。

 本当に今ごろの先生は親と子両方に攻められて「指導」というものができない状態だ。

 「モンスターペアレント」の出現が何よりの証拠だ。

 
 私は体罰を容認しているのではない。しかし、その児童・生徒のことを本当にそして真剣にその子の将来のことを思ったとき、感情的にならずに思い切り叱れる先生が欲しい

 
 私の知人で中学校の教頭をしている先生は、ソフトボール部の顧問をしていた。女子を相手の部活動だが遠慮なく尻バットだったし、すぐに「おまえら辞めてしまえ・・・」と本気で怒っていた。しかし、家庭(親)からの抗議や苦情の声を聞いたことがないばかりか「あの先生の言われることだったらあたりまえだ・・・」と親に言わせていたのを覚えている。昔のできごとのように思うかも知れないが、つい2〜3年前の話だから念を押しておく。

 
 親に裁判所に訴えられること自体その先生がまともな先生ではないのか、よほど生徒に対し本気でないか、ビビッているのではないか。よほどできの悪い先生なのかも・・・。

 また、よほどのモンスター・・な親なのかも・・・。


  この度の裁判(最高裁)の判決は教員が萎縮するあまり厳しい生徒指導をためらう傾向がある教育現場に配慮した判断とも言えそうで、教育現場に影響を与えそうにも思う。

 
 私の現職のときは「愛のムチ」とか言ってずいぶん「体罰」(今で言う)を加えたものだが、子どもは家に帰って「先生に殴られた・・」と言うものなら、親は「それはお前が悪いからや・・・」と言ってもう一方のホッペタを叩いたものだ。教師と両親の信頼関係ができているのかどうかが学校教育の成否にかかっている。教師も家庭(親)に対し怖いものにでも触るような行動をせず、自信をもって教育に当たってもらいたいものだ。

     平成21年5月8日
                  岡村ゼミナール教育顧問 大 西 豊 司