ペンハリマブログ

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受験は結果がすべてではない

2009.03.21日

 今年の公立高校学力検査(入試)が終わった。掲示板に合格者の番号が張り出されると大勢の受検者から悲鳴とも歓声ともとれる声が上がるのが例年の合格発表の日の光景である。

 
 このごろの入試はほとんどのものが合格する。不合格者の数はごく少数である。しかし、不合格者が少ないだけに、不合格になった生徒のショックは大きい。「なぜ、こんな少ない人数の中に私が入るのか・・」と不合格者の中には悲嘆にくれる生徒も多く、中には布団をかぶり寝てしまう生徒もいるくらいである。
 
 生まれて15年目にして初めて体験する挫折感かも知れない。無理もない・・・しかし、私の教員生活の中でも大変記憶に残る「不合格者」も数多くいた。
 
 木村泰文(仮名)(通称ヤッサン)君は勉強もよくでき、明るく、性格も申し分のないいい子。お茶目でクラスの人気者。どの教科も飛び抜けて優秀だった。しいて言えば「音楽科」が少し弱い程度の子。

 
 当然、姫路西高校を受検した。普通に考えても上位合格まちがいないと誰でも思っていた。入試当日帰宅して「ボクすべってるワ」と家の人に話したという。
 お母さんがよく聞くと「数学科の一問がどうしても解けず、あせってしまった」というのだった。

 
 合格発表の日、彼は西高の合格発表を見には行かなかった。
 彼が予想していたように、ヤッサンの受検番号には赤い線で「不合格」を示していた。私はその足で西高からほど近い木村君の家に向かった。ヤッサン君と言われた彼は普段の明るさは当然見られず(あたりまえだ)しょげていた。

 
 私は彼を家の前を流れる小川の土手に誘い出し、まだ枯れ草のままの草に並んで座った。二時間も話していたように思う。突然彼は「先生、今から合格発表見に行きたい。」と言いだした。午後3時をまわっていたと思う。二人は高校の合格発表が行われ、受検生の歓声が溢れていたことが嘘のような静かな掲示板の前に立っていた。辺りは誰もいない。受験番号を書いた模造紙は折からの強い春風で地面に垂れ下がっていた。

 
 じーと見ていた彼の口から出た言葉は「先生、この紙もらってもええやろか?」何を言い出すのかと思ったが、もう破れて垂れ下がった紙。「ええやろ・・」 と私。

 
 そう言うと、彼は自分の受検番号に不合格の赤い線の入ったところの両端を破り、丁寧に折りたたんで大事そうにポケットに入れた。そして「先生、これから3年間は会わないけど、3年先を見といてナ」と・・・彼は第二志望校の私立高校へ進学したのは当然だった。

 
 そして3年後、彼は見事「京都大学薬学部」に合格した。今は某大手製薬会社の研究所長として活躍している。中学生のときと少しも変わらず、「先生、テニスしよう・・」とよく誘ってくれる。同窓会に来ても、その態度はそのままである。そこがまたうれしい。

 
 ほとんどの生徒が不合格という結果によって打ちひしがれた状態になるものだが、お家の方の考え、助言も含めて、そのときどういうふうに考え方を持つかによって将来は変わる。

 
 受験は不合格より合格の方がいいのに決まっている。
 しかし、目的の高校に合格してもそのときは喜びに浸っていられても、目的を果たしたと勘違いすることもある。第二志望校へ行ってもその後どんなにがんばるかが問題だ。

 
 どこに進学したか、就職したかではない。いま居るところに誇りを持ち、何をどのように学び、何ができる人間になったかが問われるのである。

 
 決して不合格者が人生の不合格者ではない。また、人生が決まるわけでもない。その時の家族の人の気持ちの持ち方、中学校の先生のアドバイスによって、その生徒はぐんぐん伸びる道を歩むことになると思う。

 
 もう一度言う。「不合格は人生の失敗ではない」その時の心の持ち方でどんな方向にも向かうのが子どもの姿である。

 まわり道をしているようでも、案外それが近道になっていることもある。

     平成21年3月19日
                  岡村ゼミナール教育顧問 大 西 豊 司

根を養えば・・・

2009.03.11日

最近の農業で「自然農法」、すなわち「有機農法」が「化学的農法」に代わって見直されてくるようになってきた。
 
 特に水稲の栽培は大変手間のかかるもので、米と書いて「八十八」回も手がかかるといわれているくらいだ。しかし、最近では農家の人の高齢化、若者の農業離れによる後継者難で人手不足になり手間のかかる除草や害虫駆除は農薬に頼り、肥料も速効性の化学肥料を与えることにより、草も生えず、虫もつかず、簡単に稲作ができるようになった。昔の人は草を取り、人の手で虫を捕り、農薬というものはほとんど使わなかったものだ。


 肥料も「堆肥」と言って、落ち葉や稲わらを中心に牛馬の糞を積み重ねたものを施していたものだ。この稲作の様変わりは「残留農薬」というやっかいな問題を残したばかりではなく、化学的農法で育てた稲は、化学肥料をたっぷりやり農薬で消毒するなど、至れり尽くせりの育てかたで、稲の茎は沢山に分かれていてもその根は短く細く(自分で養分を求めなくても根のまわりにいっぱい化学肥料があるから)黒ずんでいる。
 

 見かけの成長にとらわれた過度の世話焼き農法が結果として栄養分を吸い取る力や病気や害虫への抵抗力を弱め、周辺の環境まで汚染させている。太陽と水と有機物だけの昔ながらの方法で育てた稲は、その根は太く、白く生き生きとして大地に伸びている。
 
 即ち、自らの力で立って思う存分栄養分を吸い取り、病気や害虫にも抵抗している。

 
 このような農法は大変手間がかかるが結果として良質の農産物を作りだしている。

 
 この二つの農法を私たちの子育てにあてはめてみてはいかがだろうか。子育てにおいてもやはり化学的農法を取り入れている家庭が最近増加しているように思える。
 
 つまり、手っ取り早くペーパーテストの点数を上げることだけに走り、目の前の現象だけに注目し、何が何でも外から援助して成績を上げることに懸命になっている家庭が多く見られる。

 家庭電化製品の普及で、家の人の時間がぐんと余るようになり、子どものする仕事もなくなった。その余った時間を子どもの教育に注ぎ込み、至れり尽くせり子どもを過保護にしている面はないだろうか。ここで、自然農法を子育てに取り入れてみてはいかがなものか。まず「土」を作る。化学肥料に頼らず(教えてもらう勉強から、自ら勉強することを重要視)1〜2年かけて「土」を作ることだ。そうすれば子どもは自らの力で育つ力を身につけてくるもである。「土」とは「教育環境」と考えてもよい。

 
 但馬に生まれ、教育界で有名な、そして私が最も尊敬する東井 義雄 先生は、生涯を生まれ故郷の但馬地方に立派な教育を残された先生だが、「根を養えば樹は自ら育つ」という言葉を自分の教育に対する信念とされていた。根っこに当たるのは、子どもの知識意欲や向上心。根を育てる土はそれ以上に大切なものとして理解してよいと思う。従って、東井先生の言葉は現代の教育にとって最も大切な言葉ではないかと思う。「自分でやる」「自らの力で立つ」。この力をつけることから子どもの教育に取り組むことが大切ではないか。

 子育てに「自然農法」を取り入れてほしい。

     平成21年3月4日
                  岡村ゼミナール教育顧問 大 西 豊 司