ペンハリマブログ

ペンハリマブログ

子育ての柱にするもの

2008.07.19日

 私の父は教育熱心だったように思う。「教育熱心」と言っても「○○高校へ・・・」とか「△△大学が・・・」といった子どもをよりレベルの高い高校や大学へ行かせるというような「教育熱心」ではなかった。今の世の中は子どもを親より高学歴の学校へ入れようと必死になっているのを多く見かける。これが「教育熱心」と思われているみたいだ。


 「子どもを育てる」ということは何もわが子をハイレベルの学校へ入れて教育させることだけではない。「どんな大人に(成人)に育てていくか」(成長していくか)が問われなければならないと思う。
 

 私は時々父は何を柱にして私たち7人の子どもを育ててくれたのだろうかと考えることがある。


  農家の長男に生まれた父は小作をどんどん自作にして、村では篤農家と言われていた。


  自分は小さい頃から教師になるのが夢だったとよく言っていた。それだけに子どもをどう育てるのがいいのか絶えず考えていたようだ。


 農家の跡継ぎの運命に教師への道は選べなかったが、「小学校の先生が師範学校へ行かせてやって、と度々祖父に頼みに来ていた・・」と言っていた。


 7人の中でただ一人「教師」という職業に就いた私を大変応援してくれたのを思い出す。


 その父がいつも口にしていたことばを思い出してみた。その根底にはいつも「自立する力を自分で作れ、自分の将来は自分で決めよ・・」などであった。

 
先ず第一は「我慢すること」の大切さだ。これは物質的な面と、精神的な面があるが、物質的に「衣食住」に関することはもちろんだった。衣服は全部兄のお下がりで、新しく買ってもらったことはない。食べ物が何もなかった当時、田畑でできた農産物、飼育しているニワトリなどのタンパク質で餓えを凌いだ
 ものだ。しかし、当時の日本では口にするものがあるだけでまだよかった。昼食時になっても弁当もなく、運動場の片隅でションボリしていた子もたくさんあったのだから・・。何事も「我慢」しなければ生きていけない時代だった。

 
精神的な我慢は、物質的な我慢より辛いものだと思われるが、大家族の暖かい空気の中で、祖父母、両親、兄姉妹などの愛情は何物にも代え難いありがたいものであった。

 
試験前であっても家中の者が力を合わせて夜業(よなべ)をして、みんなで家庭を支えていた。試験の点数が少々悪くても、勉強のことで小言を聞いたことなどない。

 
高校、大学は自分から両親に頼み込んで、頼み込んで、ようやく許されることなので、入学したら当然力が湧いてくるものだ。今頃は「行ってやっている・
 ・・。」という感じで高校などへ行っている子どもをよく見かける。だから、親が「子どもが勉強してくれないので困る・・。」など言われるが、勉強するのは親ではなく子ども本人なので、子どもにそのことをしっかり自覚させなければいくら親が嘆いてもダメだと思う。

 
どうすれば子ども自からヤル気を出すようになるかを先ず考えることだ。

 
次は「競うこと」だ。つまり、他の友人と競争する心を養うことだ。今頃は、高校進学率は100%で高校全入時代。高校さえ選ばなければ、どこかの高校に、そして大学にも入れる時代。そこで親は少しでもレベルの高い学校へ入れようとするが、子どもはそんな親に守られてヤル気を出さない。だから余計親だけが焦っているような世の中になっている。小、中学校でも何事も横一線で物事が運ばれる。運動会でも同一タイムの子どもを一緒に走らせて、差がつかないようにしたり、学芸会においてもみんな一口ずつセリフを言い、これが公平なやり方だとでも思っている。走るのが速い子どもは運動会でヒーローになり、絵を上手に描く子どもは、そんなとき表彰してもらう・・・。

 
劇で「浦島太郎」をするとしても、誰を太郎にするか、誰が乙姫か、亀は?。先生は大いに困る問題なのだ。ワカメになって上手に雰囲気を出す子どもがいてもいいのではないか。しかし、今の学校では親が承知しないのだから困ったものだ。合唱のとき誰がピアノを弾くか、これなども担任の先生はいらん神経を使うことになる。

 
第三番目は「分をわきまえる」ということを教えられた。「分をわきまえる」は日本ではもう死語になってしまったのか?「分相応」という言葉がそれだ。
 今の時代こんなことを言うと古臭いと言われそうだが「身の程を知る」とか「分をわきまえる」という謙抑の美徳が忘れ去られたかも。一番大きいのは「自分の分際をわきまえない」自分で自分を過大評価しているのに、世間の評価は低いというか、客観的に見れば「分相応」ということに激しく自尊心が傷
 つけられる。自己顕示欲を抑えようとするものに精神的な負担を感じるのである。

 
こんな話しを聞いた。友人がこの前ルイ・ビトンの財布を拾って警察に届けたら中には数千円の現金のほか、身分証などと消費者金融のキャッシュカードが8枚入っていたという。すぐ連絡がとれ、持ち主が現れたらしい。20歳そこそこの若い女性だったとのこと。私は金持ちではないし、と言って貧乏でもな
 いと思っているが、もったいなくてブランド物自体あまり持たない。
 「分相応」。今では差別的用語なものだろうか。

 
私は以上三つの教えを今でも忘れず生活しているが、「我慢」「競う」「分相応」をみなさんはどのように思われるか。お尋ねしたい。

 
しかし、わが子の教育を単にいい高校、いい大学へ・・・と言うのだけでは間違いだと思う。この辺で一度冷静に「子育ての柱」を考えて、期待されるわが子の将来を本気になって考えてもらいたい。

     平成20年6月27日
                    岡村ゼミナール教育顧問  大西 豊司


子どもと親と

2008.07.19日

 アメリカの家庭教育学者、ドロシー・ロー・ノルト博士の、「子ども」という
 詩を先に紹介した。普段、教育相談をしていると、来られた方は「先生、うち
 の子勉強しないんです。なんとか勉強するようにならないものでしょうか」と
 か「もう中学三年生で、受験がすぐそこまで来ていんですが、すぐに成績が良
 くなる方法はないでしょうか」ということがよくある。中には「親の言うこと
 を全く聞かない」「親が何か言うとすぐ反抗して家出してしまう」「暴力をふ
 るう」などさまざまだが、どうもこのごろの子どもは親の言うことを素直に聞
 き入れない子が多いらしい。私は日頃の相談から、子どもは幼い頃から親に密
 着して育つ、お腹の中にいるときから・・・。どうしても親の考え、言動、と
 いうものが一番子どもの成長に大きな影響を与えていくものだと思う。

 それでは、中学生になってからどうすればいいのか。これは大変難しいことだ
 と思うが、だからといってもう一度やり直すこともできない。やはり「子は親
 の鏡」なのだから、今からでもできることを、親の義務としてやりとげてほし
 い。

 今度も、博士の詩を紹介しよう。「子どもが育つ魔法の言葉」を。

 この詩は、1954年の作で、彼女が51歳の母親のときの作品である。


  詩「子は親の鏡」   ドロシー・ロー・ノルト  (石井 千春訳)
  
 けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる
 とげとげした家庭で育つと、子どもは乱暴になる
 不安な気持ちで育つと、子どもも不安になる
「可愛そうな子だ」といって育てると、子どもは惨めな気持ちになる
 親が他人を羨んでばかりいると、子どもも羨むようになる
 叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
 励ましてあげれば、子どもは自信を持つようになる
 広い心で接すれば、キレる子にはならない
 誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ
 愛してあげれば、子どもは人を愛することを学ぶ
 認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる
 分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ
 親が正直であれば、子どもは正直であることの大切さを知る
 子どもに公平であれば、子どもは 正義感のある子に育つ
 優しく、思いやりをもって育てれば、子どもは優しく育つ
 守ってあげれば、子どもは強い子に育つ
 和気あいあいとした家庭で育てば、子どもはこの世の中はいいところだと思え
 るようになる

 昔からよく子育てにあたり「三つ子の魂百まで」「子は親の鏡」「子は親の後
 姿を見て育つ」等と言われてきた。しかしながら、今日子どもたちの行動は毎
 日のように新聞紙上をにぎわすなど目を覆いたくなるものがある。今日、幼児
 たちの行動を見ても、その兆候を見ることが多い。例えば、何かしようとする
 と「僕やりたくないもん」と集団から離れてしまう。先生に「だっこされたい」
 と先を争う。「やりたくないからやらない」と自分勝手に絵を描いたり好きな
 ことをやろうとする。すぐ手足が出る。自由にならないとキレる、他とのコミ
 ユニケーションを避けたがり、時には子どもらしさに欠ける光景が見られる。
 再度、考えてみてほしい。

 「子は親の鏡」で言われていることは易しいそうで難しいことだ。
 説明して理解させることではなく、日々生活の中で行動を通して育てていくも
 のだ。

 サハリン(旧樺太)の遊牧民の子育てに「子どもは神から授かった宝である」
 と言われ「宝」は大切にされる。甘やかしでなく、厳しく、優しく育てられ、
 子どもが一人前になるまで大切に育てられるそうだ。

 「大切に育てる」と「甘やかし育てる」ことを混同してはならない。「自由」
 とか「権利」とかと「自主」とか「義務」を混同してはいないか、子育てに・
 ・・「過保護」を含めて。神から授かった大切な子ども。「宝」ものと言われ
 る子ども。今も昔も変わらないはずだ。その子どもの人格を認めて来た我々の
 祖先。今日、子どもが生まれてもあまり「神から授かった」などと聞かれない
 のは子どもを物のように扱われ、子どもの尊厳が失われてきたからではないで
 しょうか。
     平成20 年7月4日
                  岡村ゼミナール教育顧問 大西 豊司